AI時代の脳神経外科医
近年、AI(人工知能)が医療現場に急速に浸透しつつあり、画像診断や治療支援、予後予測など、さまざまな場面で活用され始めています。メディアはAIが医療専門職の人材を駆逐するかのような扇動が大好きなようで、若い皆さんの中には、「AI時代に脳外科医は何を担うのか」と不安を抱く方もいるかもしれません。
駆逐されるのは情報収集と発信が仕事の旧来メディアの方々であり、AIは脳外科医に取って代わることはできません。AIが得意とするのは、膨大なデータを処理・解析し、過去の傾向から合理的な選択肢を提示することです。深層学習により画像上の病変を見つけるのは大得意ですし、手術野の情報から最適な一手を提案する仮想助手も生まれるでしょう。リアルタイムに情報収集・解析しながら正確にマイクロサージェリーを遂行する高細緻ロボットも現れるかもしれません。しかしこれらが相手にするのは3ナノメートル基板ではなく生身の、しかも病に悩む人間です。個々の患者が置かれた背景や価値観を踏まえ、「なぜ今この治療を選ぶのか」を説明し、その結果責任を引き受けることは、少なくとも現在の概念で言うAIにはできません。そこには医師自身の人生観、モラル、医学的・社会的経験が大きく介在するからです。
日々の診療では、当然のように明確な正解がない場面に直面します。手術するか否か、どこまでの侵襲を許容するか、リスクと利益をどう天秤にかけるか。これらの判断は単なる数値やアルゴリズムでは完結しません。AIが進歩して「考えなくてよくなる」のではなく、むしろ「人間が考えるべき領域」がより明確になります。患者や家族と信頼関係を築く力、不確実性の中で決断する力、合併症や失敗から学び続ける姿勢。これらは、どれほどAIが進歩しても人間たる脳外科医に及ばない本質的な能力です。
AIによる侵食を恐れる必要はありません。AIは優れた道具ですが、どう使い、何を委ねるかを決めるのは人間です。また、一例一例に真剣に向き合い、知識や手技を磨く姿勢を省略してよい時代もやってきません。
AI時代の脳神経外科医療の主役は、完全自動化・数理化された医療システムではなく、技術と共存しながらプロフェッショナルとしてより深く考え、人に寄り添い、責任を担う人間なのだと思っています。
近畿大学医学部脳神経外科 髙橋 淳