てんかん外科とno man’ land
日本脳神経外科学会の研修医 •医学生向けのホームページには、「手術法の進歩:かつて治療不可能とされた病態が治療可能となり、no man’s landとされてきた重要な脳の部位も手術できるようになるなど、日々進化を遂げております。」と記載されています。No man’s landとは「無人地帯。それは、医学的に人がメスを入れてはならない領域」ですが、脳神経外科疾患でも分野毎にno man’s landの意味する内容は異なっています。
てんかん外科におけるno man’ landはどうなのでしょうか。てんかんガイドライン2018では、てんかん手術の適応として、「てんかん原性脳領域が検査で診断可能であり,かつその領域を切除しても後遺症がないか受容可能な範囲の後遺症が考えられる場合は,外科的切除の対象となる。」とされています。つまり、てんかん原性領域が運動感覚野(手、足の領域)や言語野に同定された場合には、切除による後遺症が出現するため治療ができないno man’ landとみなされていたのです。しかし、1989年には軟膜下皮質多切術(multiple subpial transection)という術式が紹介され、運動感覚野や言語野の手術も可能になりました。これは「脳はcompartmentで構成されている」という当時の神経科学の研究成果に基づく手術法でした。この分野では1981年にノーベル賞を受賞したHubelとWieselが有名ですが、実はすでに1947年にはSperryがサルの運動野に対する軟膜下皮質多切術の効果を報告しています。さらに2006年には海馬萎縮の無い左(優位側)側頭葉てんかんに対する海馬多切術 (Shimizu)が記銘力を保持する手術として本邦から報告されています。
てんかん手術の目標部位としては、no man’ landとされていた視床に対しても、視床前角に対する脳深部刺激療法が2023年に保険診療の認可を受けました。さらに米国では、視床に深部電極を留置しててんかん発作を記録し、視床の正中中心核や視床枕、大脳皮質にRNS(Responsive Neurostimulation)を用いた closed loop電気刺激を行うことでてんかんを治療する効果が検証されているところです。てんかんにおける視床の重要性についてはすでに1940年代から報告されていますが、脳神経科学の発展や医療機器の進歩が新たな術式を提供しつつあるのです。
てんかん外科においてno man’s landとされている部位は、新たな治療目標部位となる可能性があります。10年後、20年後には、現在の若手の先生たちによりno man’s landが克服され、新たなてんかん治療法が開発されることを期待しています。
東京科学大学 脳神経外科 前原健寿