ブラック・ジャック
医学部入試の面接試験を担当していると、出願書類に今でも「ブラック・ジャック」の文字を見つけることがある。最初に掲載されたのは週刊少年チャンピオン(秋田書店)の1973年11月号だから、医師を志す人に最も読まれた書籍の一つだろう。街の理髪店においてあった雑誌で初めて目にし、それからは、ひと月分のお小遣いをはたいてコミック本を買うのが楽しみだった。小学校3年生の頃と記憶していたのは、間違いでなかったらしい。
大学に戻った頃、教育関連施設の先生方と互いに行き来しながら、多くのMVDを扱った時期がある。自前のヤサーギル鑷子やマイクロ剪刀の入った金属製の滅菌ケースを茶色の皮製アタッシュケースに入れ、車を走らせると、きまって不思議な高揚感を覚えた。後になって気づいた理由は、「道具をもって手術へ向かう」というブラック・ジャックに何度かでてくる場面の追体験だった。
ブラック・ジャックの作品は230余り。そのうち脳神経外科関連は19話(8%)。脳出血と移植がともに5話で多く、外傷3、下垂体2、異物・バイパス・奇形・グリオーマが各1話。全作品の中でたった1回だけグリオーマが登場するのが『短指症』(1983年)だ。3Dホログラフィで腫瘍の位憧を確認したブラック・ジャックが、レーザーを照射しながらピノコに告げる―「脳腫瘍の中で一番悪性のヤツだ」。ニューロナビゲーションを使い、腫瘍摘出後のcavityにレーザー励起光を照射する現代の手術や光線力学治療(PDT)と重なって、面白い。学会の講演のスライドに使用するため手塚プロダクションに連絡をとり、敬意をもって使用料を支払った。学術目的なら転載も大きな問題にならなかったかもしれないが、ただ払いたかった。
執刀だけでなく、術後管理や外来まで責任を持てなければ、出張手術は避けるべきだろう。だが来月、ご本人希望の地元施設に出向いての手術予定が組まれている。移動は車で1時間半。不安にはいつも通りの準備と道具。――50年と少し前に感じた高揚感は、まだ健在だろうか。
横浜市立大学脳神経外科
山本哲哉