脳神経外科医になって良かったと思えた瞬間
脳神経外科医になって3年目くらいだったと思う。その頃いつも大学に寝泊まりをしていた私に深夜関連病院の部長から電話がかかってきた。「救急入院した外傷患者に瞳孔不同が出ている。君が病院に向かったほうが早いので、すぐに病院に行ってくれないか」と言われ、当直着のまま車を運転し20分程で病院に到着した。患者は若い女性で、泥酔して胸腹部打撲し救急外来から外科病棟に入院していた。当初は酩酊状態だったが入院後は静かに眠っていた。熟睡していると思っていたら、数時間後検温に行った看護師がアルコールにしては醒めが悪いと思い、瞳孔を確認したところ不同が見られた。慌てて外科当直医から脳神経外科部長に連絡が入った。診断は急性硬膜外血腫だった。私は病棟で挿管し、粗くバリカンをかけ、すぐに手術室に運んだ。外科当直医に麻酔をかけてもらいburr holeを開けていたところに部長が到着し、そのまま開頭血腫除去を行った。3週間ほど経ってからその部長から病院に来ないかと連絡があった。病院に赴くと部長は私を病棟に連れて行き、病室にはその女性が立っていた。部長は「この人があなたの命を救ってくれた先生ですよ。」と私を紹介して下さった。彼女は涙を流して、私を迎えてくれた。私はこみ上げる想いを抑え、「とら刈りにしてすいませんでした。」と照れながら笑顔でお答えした。それまでの3年間、指導医のもとでがむしゃらに研鑽を積んでそれなりの充実感も感じていたが、自分がいたことが患者さんを救ったと感じた経験は初めてだった。まさに脳神経外科医になって良かったと思えた瞬間だった。数日後彼女は後遺症なく退院した。
近年、脳神経外科はナビゲーションシステムを用いた顕微鏡手術、外視鏡手術、蛍光ガイド下での腫瘍切除、覚醒下手術など革新的技術の発展や、内視鏡手術、血管内治療などの低侵襲手術などの進歩が目覚ましく、その魅力は多岐にわたる。脳・神経を扱う外科である以上、繊細な技術を習得していかなくてはならないが、その一方で開頭さえできれば命を救うことができる科であることは今も昔も変わらない。
君も脳神経外科の扉を叩いてみてはどうだろう。
横浜総合病院
岩渕 聡