脳神経外科コラム

神秘の世界の探求者

 我々脳神経外科医が日々接する脳は、重さ約1.4kgの柔軟かつ脆弱な臓器である。血液の流れによって拍動するその内部には、人間らしさの神秘が秘められている。古代エジプト人は、死者がこの世に戻るためのミイラ作りにおいて、心臓は丁寧に保存する一方で、その役割が理解されていない脳は処分されていた。しかし、科学の進展に伴い、脳内には約1000億のニューロンが存在することが明らかとなり、これらのニューロンは、呼吸、心拍、血圧の調整をはじめ、空腹感、口渇、性欲、睡眠周期、感情、知覚、思考を生み出し、行動を指示し実行させる重要な役割を担い、脳は我々の意識や心そのものを形成する中核的な臓器であることが理解されるに至った。

 さらに、最新の顕微鏡技術により脳の微細な構造を観察し、脳波計によってその電気生理学的動態を測定し、画像診断技術の革新により、脳の機能を可視化することも実現されている。これらの科学的な手法は、脳内部における非常に複雑な機能の相互関連性や、感情、記憶の形成を明らかにし、神秘の臓器への探求の幕開けを告げている。

 脳神経外科医は、この脳科学の進展に常に寄与してきた。ドイツの解剖学者コルビニアン・ブロードマンは、大脳皮質におけるニューロンの顕微鏡的な構造の違いに基づき、ブロードマンの脳地図を構築した。これにより、脳の異なる構造を持つ領域が異なる機能を担うことが仮定され、カナダの神経外科医ペンフィールドは、皮質表面への電気刺激を通じて患者の脳をマッピングし、ヒト大脳の一次運動野および一次体性感覚野のホムンクルスとして知られる体性地図の存在を明らかにした。この発見は、ヒト脳の大脳皮質における機能局在の存在を示す重要な成果である。

 今後の時代においても、人工知能やヒューマノイドの開発、失われた脳の機能を補完するためのブレインマシンインターフェースの研究など、脳神経外科医の活動領域は医療の枠を超えて広がる。神秘の世界の探求者として、多くの若い医師が脳神経外科医を選択することを期待したいと思います。

 

長崎大学脳神経外科

松尾孝之