脳神経外科コラム

医師が患者になったとき

昨年の夏、癌を宣告された。青天の霹靂であった。教室の新設から1年とちょっと、患者さんが増えやっと軌道に乗ってきたところでの発病だった。幸い転移はなく、2度の手術を経て今は働きながら化学療法を行なっている。

 

今まで体力がある方だと思っていたし、かなりハードに働いてきた自負もあったが、そんな自信は砕け散った。絶え間なく襲ってくる吐き気や全身倦怠感など化学療法の副作用は凄まじく、カンファレンスに出席するので精一杯。治療開始前、主治医から長期休職を勧められ、手術執刀なんてもってのほかと言われていたが、その真意を理解したのは治療が始まってからであった。

 

なぜこの大事な時期に病気になったのだろうと落ち込んだが、患者としての経験を通し多くの気づきもあった。

まずは健康に仕事をし、趣味を楽しんでいた日々がどれだけ貴重であったか、そして十分に働けなくなった私を支えてくれる家族・友人・同僚がどれほどありがたい存在かを痛感した。

そして医師の言葉に一喜一憂し、医師に命を預ける患者さんの気持ちを実感できた。これまで私は患者さんにかける言葉の一つ一つに配慮してきたか?患者さんの信頼に足るよう行動してきたか?そう自分を省みる良い機会になった。

 

管理職としては職場の環境整備の重要性を再認識した。長い医師人生の中で、一時的にでも第一線を退くことがあるのは出産・育児に関わる女性だけではない。自分自身の病気や家族の介護など誰にでも起こりうることだ。決して他人事ではない。周囲の犠牲のみに依存するのではなく、どんな状況でも誰でも働ける職場環境(システム)の整備が最も重要であると感じた。

 

まだまだ治療は続く。でも一歩一歩終わりに近づいている。その日を楽しみにもうしばらく頑張ってみようと思う。

産業医科大学 脳卒中血管内科

田中優子